功山寺仏殿(功山寺)鎌倉時代の禅宗様建築を代表/鎌倉時代の美術

功山寺仏殿

山口県下関(しものせき)市長府(ちょうふ)町川端にある曹洞(そうとう)宗系の単立寺院。山号は金山(きんざん)。1327年(嘉暦2)虚庵玄寂(きあんげんじゃく)が開創し、初めは金山長福寺といい、臨済(りんざい)宗に属した。足利(あしかが)氏、大内氏の外護(げご)で寺運は盛んであったが、大内氏が滅亡してから荒廃、1602年(慶長7)長府藩主毛利秀元(もうりひでもと)が復興して寺号を笑山寺と改め、曹洞宗に転じた。さらに毛利家菩提(ぼだい)寺となるにあたって、秀元の法号「智門寺殿功山玄誉大居士」にちなんで功山寺とした。仏殿は唐様(からよう)仏殿建築の典型的遺構で、国宝に指定されている。境内には大内義長(よしなが)や毛利氏累代の墓、高杉晋作(しんさく)の銅像などがある。