四季花鳥図屏風(能阿弥、出光美術館)牧谿に習った水墨画で、制作年代の分かる室町時代の最も古い屏風/室町時代前期の美術

能阿弥

室町中期の足利将軍家の同朋。将軍に近侍して絵画制作,書画の鑑定,表装,室内装飾,連歌,香道など幅広い技芸に携わった。別名真能,号は秀峰。父を金阿弥または毎阿弥とする説があるが確証はない。永享3(1431)年に 聖衆来迎寺の六道絵の補修に当たった表具師として銘を残すのが史料のうえでの初出。その後は連歌師としての記録が多く,絵画制作に関する史料はほとんどない。連歌師宗祇によっていわゆる七賢のひとりに数えられ,北野連歌会所奉行となり,『竹林抄』『新撰【G7EDF玖波/つくば】集』にその句が収録される。自筆の私歌集として『集百句之連歌』(1469,天理図書館蔵)がある。 能阿弥筆という伝承のある水墨画の作品は数多いが,確実な作品は「白衣観音図」(1468,個人蔵),「花鳥図屏風」(1469,出光美術館蔵),「蓮図」(1471,正木美術館蔵)の3点である。これらはいずれも70歳代の作品であり,この時期に能阿弥が南宋末・元初の画家牧谿の画風に深く傾倒していたことを示す。ごく近年発見された「花鳥図屏風」は作者,制作年,贈り先までが確実に判明する稀有な作例である。また能阿弥は座敷飾 の秘伝書『君台観左右帳記』,将軍家の中国絵画コレクションの優品目録『御物御画目録』の編纂者として著名であるが,いずれも自筆本は現存しない。この両書については諸写本があり,今後の書誌学的研究が待たれる。後世,ことに茶道の世界では能阿弥の存在は神格化されたが,その実像については不明な点が多い。2子があり,1子は五山禅僧となった周健,いまひとりは家督を継いだ芸阿弥である。芸阿弥の子相阿弥までの3代を三阿弥と称し,絵画史のうえではこの3代を中心とする画派を阿弥派という。