小山 正太郎(こやま しょうたろう)

明治時代の日本の武士、洋画家。明治中期の国粋保存,洋画排撃に対して,私塾不同舎を中心に洋画啓蒙の立場を貫く。洋画家としてよりも教育者として名高い。
師匠:川上冬崖、アベル・ゲリノー、フォンタネージ
弟子:中村不折、満谷国四郎、鹿子木孟郎、青木繁

  • 1857年(安政4年):長岡藩医小山良運の子。
  • 1872年(明治5年)15歳:川上 冬崖聴香読画館(ちょうこうどくがかん)に入り、まもなく塾頭になる。
  • 1872年(明治5年)15歳:陸軍兵学寮に入り,翌年陸軍士官学校図画教授掛となって、フランス人教官アベル・ゲリノーから水彩画法などを学ぶ。
  • 1876年(明治9年)19歳:工部美術学校開校と同時に入学、フォンタネージの指導を受け、翌年、門下生の中で最も優秀な成績だったためその助手となる。
  • 1878年(明治11年)21歳:フォンタネージの後任となったフェレッティの教育法に不満を抱き退学。浅井 忠らと十一字会を組織。
  • 1879年(明治12年)22歳:「牧童」
  • 1881年(明治14年)24歳:「仙台の桜」新潟県立近代美術館
  • 1887年(明治20年)30歳:不同舎を開いて後進を指導。
  • 1889年(明治22年)32歳:浅井 忠らと明治美術会を創設。
  • 1893年(明治26年)36歳:黒田 清輝が帰国し白馬会を結成すると、明治美術会の画家は旧派と呼ばれ高等美術教育の傍流に追いやられ、東京高等師範学校などの初等中等教育の場で活動する。
  • 1900年(明治33年)43歳:渡仏。東京高等師範学校教授,文展審査員を務めた。
  • 1907年(明治40年)50歳:東京高等師範学校の図画科主任教授となり、美術教育家として大いに貢献
  • 1916年(大正5年)59歳:没
     
    主要作品『牧童』 (1879) ,『川上冬崖』 (1881) ,『仙台の桜』 (1881,) ,『水辺の春』 (1891) 。


牧童

仙台の桜