514.日本の建築の近代化

ジョサイア・コンドル:イギリスの建築家。工部大学校(現・東京大学工学部)の建築学教授として来日し、傍ら明治政府関連の建物の設計を手がけた。辰野金吾ら、創成期の日本人建築家を育成し、明治以後の日本建築界の基礎を築いた。のちに民間で建築設計事務所を開設し、財界関係者らの邸宅を数多く設計した。日本女性を妻とし、河鍋暁斎に師事して日本画を学び、日本舞踊、華道、落語といった日本文化の知識も深かった。

鹿鳴館


辰野 金吾:日本の建築家である。位階勲等は従三位勲三等。工学博士。工部大学校(のちの帝国大学工科大学、現在の東京大学工学部)卒業。工学博士、帝国大学工科大学学長、建築学会会長。設計の頑丈さから「辰野堅固」と呼ばれた。帝国大学では後進の指導にも励み、伊東忠太、長野宇平治、矢橋賢吉、武田五一、中條精一郎、塚本靖、野口孫市、大沢三之助、関野貞、岡田時太郎らの人材を輩出した。帝国大学総長渡邉洪基(渡辺洪基) の意向を受け、工手学校 (工学院大学) の創立(1887年(明治20年))を推進し、運営にも尽力した。大隈重信の要請を受け、早稲田大学建築学科創設(1912年(明治45年)創設顧問に就任)に尽力した。

奈良ホテル本館

大阪市中央公会堂


片山 東熊:明治期に活躍した建築家。山口県生まれ。工部大学校の建築学科第1期生。 工手学校(現工学院大学)造家学科教務主理。宮内省で赤坂離宮など宮廷建築に多く関わる。職務として県庁や博物館、宮内省の諸施設など36件の設計に関わったほか、公務の合間に貴族の私邸を中心に14件の設計を行った。日本人建築家の養成を行うべく来日した、ジョサイア・コンドルによる最初の学生の一人である。代表作である旧東宮御所(現・迎賓館)は、2009年に明治期以降の建築としては初めて国宝に指定された。

赤坂迎賓館
国宝

奈良国立博物館本館