511.日本の洋画の夜明け

平賀 源内
⇒小田野 直武
⇒司馬 江漢

平賀 源内:江戸中期の科学者,戯作(げさく)者,浄瑠璃作者。名は国倫(くにとも),号は鳩渓(きゅうけい),戯号は風来山人(ふうらいさんじん),福内鬼外(ふくうちきがい)など。讃岐(さぬき)高松藩の小吏の家に生まれ,1752年長崎に留学,1756年江戸に出て本草学を学ぶ。物産会を開いて1763年《物類品隲(ひんしつ)》を著し,エレキテル,寒暖計,火浣布(かかんふ)(石綿布)などを製し,鉱山発掘を計画し,油絵の洋風画も描いた。その間致仕浪人し,学問のかたわら談義本や浄瑠璃を執筆。多才にして世にいれられず,晩年生活が荒れ,口論から人を殺傷して獄死した。

エレキテル(複製)
国立科学博物館

平賀鳩渓肖像
慶應義塾図書館所蔵


小野田 直武:源内と出会った直武は、源内から西洋絵画の遠近法、陰影法などの技法を学び、秋田蘭画(あきたらんが)と呼ばれる一派を形成。秋田蘭画は西洋画の手法を取り入れた構図と純日本的な画材を使用した和洋折衷絵画で、安永年間(1772~81年)に成立したが、後継者もなく天明年間(1781~89年)には廃れた。しかし、その極端な遠近法は、後代の浮世絵にも大きな影響を与えたとされる。玄白から解剖図の画家を捜していることを知らされた平賀源内は小田野直武を紹介。『解体新書』の図版の原画を描くことになった直武は、『解体新書』の開版まで半年という短期間に日本学術史上記録的な仕事を成し遂げた。

東叡山不忍池
秋田県立近代美術館所蔵

児童愛犬図
秋田市立千秋美術館所蔵


司馬 江漢:狩野古信に学び、さらに鈴木春信に浮世絵を、のち宋紫石から南蘋派を学ぶ。また平賀源内の影響を受けて小田野直武より西洋画法を学び、腐蝕銅版画の製法を修得して日本最初の銅版画を創始する。さらに油彩画も制作、西洋画法による日本風景図を確立した。

異国風景人物図
1789-92年 兵庫、神戸市立博物館

寒柳水禽図
パワーズコレクション旧蔵


亜欧堂 田善:江戸後期の洋風画家,銅版画家。陸奥国須賀川生れ。本名は永田善吉,略して田善と称した。画僧月僊,谷文晁に学び,さらに長崎の蘭学者に洋風画や銅版画を学んだ。《浅間山真景図》(油絵),江戸風景の銅版画等身近な自然に取材した風景画のほか,世界地図や宇田川榛斎《医範提綱》の解剖図も制作した。

浅間山図屏風
東京国立博物館所蔵 重要文化財

浅間山図屏風
東京国立博物館所蔵 重要文化財


川原 慶賀:江戸後期の洋風画家。天明6年(1786)肥前長崎生。父は絵師川原香山。名は種美、通称は登与助、別号に聴月楼、のち田口と改姓。絵を父や石崎融思に学ぶ。出島蘭館の絵師となり、動植物・人物の写生画を描く。シーボルトの委嘱により、洋風手法を用いて植物薬草類の写生画や風俗図を多く描いた。万延元年(1860)存命。

シーボルト手術図(瀉血手術図)
長崎県立美術博物館所蔵

Choerodon azurio
Jordan and Snyder


渡辺 崋山:江戸後期の画家・思想家・三河田原藩士。江戸生。名は定静、通称は登、字は伯登・子安、のち崋山、号に寓画堂・全楽堂等。家老として藩務に精励する傍ら蘭学に親しみ、高野長英・小関三英らと尚歯会を結成。画は白川芝山・谷文晁に学び、種々の画法を研究しながら風俗写生に才をみせ、洋画描法をも摂取して特に肖像画に洞察の深さと筆鋒の鋭さを発揮した。蛮社の獄に連坐した蟄居中、天保12年(1841)歿、49才。

鷹見泉石像
東京国立博物館蔵 国宝

月下鳴機図
静嘉堂文庫美術館蔵、重要美術品