百済観音像(法隆寺大宝蔵殿)飛鳥盛期の止利様の像とは違った立体表現とやわらかさ/飛鳥・奈良美術

百済観音像

奈良・法隆寺の大宝蔵殿に安置される観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)立像の俗称。「百済」という名は、この像が飛び抜けて長身で、異国的な感じを与え、百済伝来と伝えられたことによるらしいが、いつごろからその名があるのかは、よくわからない。クスノキを材とし、また水瓶(すいびょう)と蓮華座(れんげざ)の材がヒノキで、ともに日本産の木材なので、日本でつくられたものと思われる。元来法隆寺の像ではなく、鎌倉時代の法隆寺の記録『古今目録抄』にはこの像についての記載はなく、江戸時代の『古今一陽集』に初めてみえるところから、この間に他の寺から法隆寺へ移されたものと考えられる。飛鳥(あすか)時代末から白鳳(はくほう)時代の初頭(7世紀なかば)にかけてつくられたものと思われ、飛鳥盛期の止利様(とりよう)の像とは違った立体表現とやわらかさを備えている。また8世紀に入って流行する乾漆像の表面仕上げと同様に、上半身の肉づけを補うために、こくそ漆を盛り上げている点が注目される。