菩薩半跏像(中宮寺)飛鳥時代の彫刻の最高傑作/飛鳥・奈良美術

菩薩半跏像

広隆寺の弥勒菩薩半跏像とよく比較される。寺伝では如意輪観音だが、これは平安時代以降の名称で、当初は弥勒菩薩像として造立されたものと思われる。国宝指定の際の官報告示は単に「木造菩薩半跏像」である。材質はクスノキ材。一木造ではなく、頭部は前後2材、胴体の主要部は1材とし、これに両脚部を含む1材、台座の大部分を形成する1材などを矧ぎ合わせ、他にも小材を各所に挟む。両脚部材と台座部材は矧ぎ目を階段状に造るなど、特異な木寄せを行っている。本像の文献上の初出は建治元年(1275年)、定円の『太子曼荼羅講式』で、同書に「本尊救世観音」とあるのが本像にあたると考えられている。それ以前の伝来は不明である。現状は全身が黒ずんでいるが、足の裏などにわずかに残る痕跡から、当初は彩色され、別製の装身具を付けていたと思われる。