達磨図(向嶽寺)蘭渓道隆讚題/鎌倉時代の美術

向嶽寺

山梨県甲州市塩山(えんざん)上於曽(かみおぞ)にある臨済(りんざい)宗向嶽寺派の大本山。塩山と号し、詳しくは向嶽元中禅寺(げんちゅうぜんじ)という。1380年(天授6・康暦2)武田信成(のぶなり)が抜隊得勝(ばっすいとくしょう)を開山として建立、向嶽庵(あん)と称したのに始まる。1385年(元中2・至徳2)後亀山(ごかめやま)天皇の勅願所となる。法燈(ほうとう)派の法を嗣(つ)いだ抜隊を慕って全国から1000余人の雲水が向嶽寺に集まったといわれる。1547年(天文16)後奈良(ごなら)天皇の詔(みことのり)を賜り、向嶽寺と改められ、出世道場とされた。武田晴信(信玄)も中興を図り、最盛時には41院、末寺700か寺があったと伝えられる。武田氏の滅亡後は徳川家の保護を受けたが、1786年(天明6)の大火で伽藍(がらん)を失い、中門だけが残った。現在の諸堂はその後の再建で、寺内に専門道場をもつ。絹本著色達磨図(だるまず)(国宝)、頂像(ちんぞう)などの寺宝がある